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東京地方裁判所 昭和48年(ヨ)2515号 決定

債務者 株式会社 龍漢書舎

債権者 国

訴訟代理人 神原夏樹 外五名

仮処分決定

当事者の表示 別紙当事者目録のとおり〈省略〉

右当事者間の昭和四八年(ヨ)第二五一五号仮処分申請事件について当裁判所は、債権者の申請を相当と認め、債権者に金八〇〇万円の保証をたてさせて、次のとおり決定する。

主文

一  債務者は、別紙目録記載の図書を出版してはならない。

二  前項記載の図書の既製品および半製品ならびにその印刷原版および紙型に対する債務者の占有を解いて、これを東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

(裁判官 高林克巳)

別紙図書目録

日本人の海外活動に関する歴史的調査

完全復刻版大蔵省管理局編昭和二二年

第一巻 総論(総目録、総論――近代に於ける日本経済の発達、極盛時に於ける日本、日本及その植民地域に於ける人口の発達)

第二巻 朝鮮編I(朝鮮開国より日韓併合への道、朝鮮統治の最高方針、警察行政と其の実績)

第三巻 朝鮮編II(産業及経済政策、農業、林業、水産業、工業、貿易商業金融財政、交通通信)

第四巻 朝鮮編III (在外朝鮮人の保護、戦争と朝鮮統治、朝鮮統治の性格と実績)

第五巻 台湾編I(台湾経済半世史の概観、地理的に見た台湾、台湾の文化社会、台湾の産業)

第六巻 台湾編II(台湾の経済、台湾に関する統計)

第七巻 台湾編III (白日下の台湾、日僑の追憶、終戦前後の台湾に関する資料、台湾統治概要)

第八巻 樺太、南洋群島編(樺太の産業及経済、文化、主要統計、南洋群島の経済及産業)

第九巻 満洲編(総論・人口労働力・政治行政・農業開拓政策・畜産・水産・林鉱工業、交通通信)

第一〇巻 関東州・北支・中南支編(華北日系事業概観、列国の対華経済進出と其の法的条件、我が対華経済活動と在華投資、対華借款と文化事業)

第一一巻 海南島・南方I編(総論、各論---仏印、暹羅(タイ)編、緬旬(ビルマ)、英領馬来(マライ)編)

第一二巻 南方II・欧米編(蘭印編、比島編、欧米編)

仮処分命令申請書

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり〈省略〉

申請の趣旨

一 債務者は、別紙図書目録記載の図書の出版をしてはならない。

二 前項記載の図書の既製品および半製品ならびにその印刷原版および紙型に対する債務者の占有を解いて、これを東京地方裁判所執行官の保管に付する。

申請の理由

(被保全権利の存在)

一 債権者は、「日本人の海外活動に関する歴史的調査」と題する、合計一一篇、三七冊からなる調査報告書(疎甲第一、第二号証)(以下「本件著作物」という。)について著作権を有するものである。

1 本件著作物の著作の目的および経過は、次のとおりである。

日本国政府は、昭和二一年ごろ、わが国が遠からず当面するであろう対連合国関係の賠償問題その他在外資産処理問題に備えて、これに関する内部執務資料の整備を企図計画し、右資料の調査、収集、整備に当たる機関として、同年九月大蔵省および外務省の各事務次官の申合せにより、大蔵省にその附属機関としての性格を有する「在外財産調査会」が設置された(在外財産調査会設置規程参照)。

そこで、同調査会は、日本および日本人の在外財産、とくにその歴史的生成過程に関する調査を行ない、同調査会の各部会(満洲、朝鮮、台湾、北支、中南支、樺太、欧米、南方I、南方II、南洋群島)の職員が経済史的見地から右調査結果を分析整理したうえ、報告書の草案を分担執筆し、編集委員の監修を経て、昭和二二年一二月までに「総論」、「朝鮮篇」、「台湾篇」、「樺太篇」、「南洋群島篇」、「満洲篇」、「北支篇」、「中南支篇」、「海南島篇」、「南方篇」および「欧米その他諸地域篇」の一一篇から成る同調査会の報告書が脱稿した。

2 本件著作物は、前記1のように、国の機関であつて、在外資産に関する資料の整備を所掌事務とする在外財産調査会が、その著作を発意し、所部の職員をして公務として調査報告書草案を分担執筆せしめ、その原稿をとりまとめて報告書の形式に編さんしたものであるから、その著作者は、在外財産調査会の事務の帰属主体である債権者にほかならない。

本件著作物の著作が完成したのは現行著作権法の施行前であり、旧著作権法のもとにおいては、法人がそれ自体著作者たりうるかどうかについて説が分かれていたが、これを消極に解すべき理由はない。

かりに、本件著作物の著作者が債権者でなく、草案執筆者たる職員個人であるとしても、その著作の目的、態様、経過等に照らせば、著作が完成した際に、その著作権は、著作者の使用主である債権者に帰属したものというべきである。

3 本件著作物の内容は、近代における日本の海外経済活動を国内経済の発展とも関連づけつつ経済史的見地から叙述したもので、海外諸地域における政治、経済、統治、教育関係等の事項を含む史料的、学術的価値の高いものである。また、その著作行為は、公衆に対し周知徹底せしめる目的に出たものでなく、前述のとおり、政府部内の執務資料とする目的に出たもので、本件著作物それ自体には在外財産調査会の署名もなければ公印もない。したがつて、本件著作物は、旧著作権法一一条一号の官公文書に該当しないものである。

もつとも、昭和二四年一月に至り、同調査会は、廃止され、同調査会の事務は、大蔵省管理局の承継するところとなり、同局は、本件著作物を政府部内の関係機関に配布するため、約二〇〇部に限つて印刷に付することとし、昭和二五年七月までに全三五巻(約八、四〇〇頁)に分けて逐次印刷複製し、大蔵省管理局名義をもつて刊行したが、右二〇〇部のうち関係機関に配布した部数は僅少で、大部分は、同省理財局(管理局の後身)において保管されたものであり、右刊行行為は公刊でなく、これによつて本件著作物の性質が変ずるものでないことはいうまでもない。

二 債務者は、肩書地において専門書の出版販売等の事業を営むものであるが、前記大蔵省管理局が複製刊行した本件著作物の存在を知るや、その完全複刻版と称し、昭和四八年五月末刊行の予定で、別紙図書目録のとおり、「日本人の海外活動に関する歴史的調査」と題する図書(以下「別紙図書」という。)の出版を企図し、現在その印刷に着手している(疏甲第三号証)。

三 しかして、別紙図書は、本件著作物の内容のうち、一部の章を省略し、その余の大部分の記述をそのまま収録して、適宜合冊したものであり、右収録にかかる部分を指摘すると、次のとおりであつて(疏甲第一、第三号証)、別紙図書は、まぎれもなく本件著作物の海賊版であり、その印刷刊行は、本件著作物の複製に該当することは疑いをいれない。

対照表〈省略〉

四 以上のとおり、債務者は、債権者の前記著作物に対する著作権を侵害しようとしているので、著作権法一一二条により、債権者は、債務者に対し侵害行為の差止請求権を有する。

(必要性の存在)

そこで、債権者は、昭和四八年三月八日および同月一三日債務者に対し、右偽作物の出版計画を中止するよう要求したが(疏甲第四号証)、債務者は、言を左右にして中止したいばかりか、その後も新聞に購買予約募集をするなど(疏甲第五号証)、着々として出版の準備を進め、また刊行日も当初の予定より大巾に早まり、同年四月中になる気配すらあるので(疏甲第六号証)、本案訴訟の判決確定をまつていては回復しがたい損害を生ずるおそれがある。

疏明方法

一 疏甲第一号証 「日本人の海外活動に関する歴史的調査」

二 疏甲第二号証 陳述書

三 疏甲第三号証 竜漢書舎最新刊案内

四 疏甲第四号証 要求書

五 疏甲第五号証 新聞

六 疏甲第六号証 陳述書

添付書類

一 疏明資料

一 商業登記簿謄本

一 指定書

昭和四八年三月三一日

債権者指定代理人

神原夏樹 外五名

東京地方裁判所 御中

別紙 図書目録〈省略〉

債務者の答弁書

申請の趣旨に対する答弁

債権者の仮処分申請を却下する

との裁判を求める

申請の理由に対する認否

(被保全権利の存在)

被保全権利の存在は争う。すなわち

一 申請の理由第一項冒頭部分の事実は否認する。

二 同項1の事実は不知。

三 同項2の事実中本件著作物の著作が完成したのが現行著作権法の施行前であること本件著作物は在外財産調査会がその著作を発意し所部の職員をして調査報告書草案を分担執筆せしめ、その原稿をとりまとめて報告書の形式に編さんしたとの事実は認めその余の事実は全て否認する。債権者は本件著作物の著作者でも著作権者でもない。

四 同項3の事実中

(1)  本件著作物の内容、価値が債権者主張の如き側面をも有していること、本件著作物それ自体には「在外財産調査会」の署名も公印もないこと、本件著作物が大蔵省管理局名義で出版されていることはそれぞれ認める。

(2)  昭和二四年一月に至り在外財産調査会が廃止されたこと、同調査会の事務が大蔵省管理局の承継するところとなつたこと、同局が本件著作物を政府部内の関係機関に配布するため約二〇〇部に限つて印刷に付することにしたこと、昭和二五年七月までに全三五巻(約八、四〇〇頁)に分けて印刷複製したことはいずれも不知。

(3)  その余の事実および主張についてはすべて否認または争う。本件著作物は旧著作権法一一条一項の官公文書に該当し、著作権の対象とはならないものである。

なお本件著作物の内容については経済史的見地が基調となつているが、単にそれだけでなく、できるだけ広い視野から調査記録せんとしているものであり、例えば日本の海外経済活動の反省、批判の見地を中心に捉えた執筆部分も存する。それゆえ単に史科的学術的価値という側面だけでなく、資料的価値もあり、専門家のみならず国民一般に広く周知、参考にされるべき性質を有しており、「編集委員」においては、国民にも広く周知させようとする目的を有していた(「序」参照)。

また本件著作物は少なくとも後年に至つては、国民一般の間に流布し、古書店、図書館等に保存され、研究家等の著書中に引用されたりしている。現に債務者も本件著作物を古書店より入手した某氏から借り受け復刻本の原本としようとしているものである。

五 同第二項については、現在その印刷に着手しているとの事実は否認し、その余の事実は認める。

六 同第三項の事実は認める。

七 同第四項については争う。

(必要性の存在)

必要性の存在は争う。すなわち

(1)  債務者が昭和四八年三月八日および同月一三日出版計画を中止するよう要求されたこと、債務者が出版計画を中止せず新聞に購買予約募集をしたことは認めるがその余の事実は否認する。

(2)  なお右中止の要求は大蔵省大臣官房企画調査課秦郁彦よりなされたが、これは、債権者の立場ないし意思によるものであることが明示されておらず、むしろ、同人個人の立場ないし意思によるものというべきであるから、債権者が中止の要求をしたということはできない。

また債務者は現在、本仮処分申請事件が提起されたことにより、出版の準備を自主的に中止しているものであり、さらにこのまま準備をすすめたとしても刊行は当初の予定よりおくれて、六月から七月ころになる予定である。

債務者の主張

第一に本件著作物が旧著作権法一一条一項の官公文書に該当するものであつて著作権の対象とならないものであること、第二に債権者は本件著作物の著作者または著作権者ではないことについては追つて詳細に述べる。

以上

債務者の準備書面

一 債権者は本件著作物について著作権を有していない。

(一) 債権者は本件著作物の著作者ではない。

(1)  旧著作権法の下では債権者のごとき団体はそもそも著作者たり得ない。

旧法では六条に団体の著作名義で公表された著作物の保護期間に関する規定があるだけで、団体に著作者の地位を認めるかどうかに関する規定はない。それゆえ解釈上団体に著作権を認める一部の積極説と認めない消極説に分れていたが、以下明らかにするように消極説が相当である。すなわち、著作権制度上、実際に著作物の創作を行なつたものが著作者とたることは自明のことである。「著作権に人の頭脳的思考作用に基づいて成立した精神的創作を保護するものであるから、その根底に常に自然人の精神活動を予定するこのことは複数人の手による創作、たとえば使用者と被用者、団体である法人の役員または公務員がその勤務上著作物を作成したときも同様で、著作権はこれらのものについて発生することは当然である」(山本桂一著『著作権法七七頁)

新法は一五条に齢いて職務上の著作物のうち一定のものに限り著作者に関する特例を定めているが、この規定が新設され新法附則四条で経過措置を定めていることには、旧法下では団体に著作者たる地位を認めていなかつたことを示すものである。

(2)  (仮りに団体が著作者たり得るとしても)本件著作物の作成経過等からするならば、債権者は本件著作物の著作者ではない。

(イ) 団体が著作者たり得るとしても、少なくともそれは、その著作が性質上団体の所管事務または業務の範囲に属し、かつその著作物が当然これらの団体の著作名義をもつて公表が予定されている場合に公務員等の使用者がその職務の内容として著作した著作物に限るべきである(同旨 城戸義彦著「著作権法研究」二六〇頁、なおさらに限定的に団体内部において研究、調査もしくは討議等をしている間にいつの間にか著作物ができあがつた場合に限るとされる説もある。優美著『条解著作権』九六頁)

(ロ) 本件著作物の作成の目的、態様、経緯等については前記「序」および本件著作物の大蔵省管理局名義の複製の「例言」(以上疎乙第三号証)によれば次のとおりである。

「敗戦後の日本は国としても個人としても急速に解決されなければならないが急には片付きそうにもたい余りにも多くの仕事に直面している〈一部省略〉こういう環境の中で吾々は昨年末これらの仕事の一つである日本および日本人の在外財産に関する調査に没頭しはじめた」(前記「序」一頁)(この調査は全部がそれぞれ各地からの引揚者たちによつてなされた」(同三頁)「総論および朝鮮、台湾……その他諸地域の一〇地域に分れてそれぞれ独立した一篇として調査、執筆された」「当該地域における権威者によつて執筆乃至監修せられたものである。」「各執筆者に対し、当局としては強制はもちろん何等の制肘も加えていない」「結果からみて総じて各執筆者の自由な調査に一任された形になつた各地域としての監修も執筆者を著しく拘束するものではなかつた。」

(以上「例言」一頁)

(ハ) このように本件著作物の著作は、大蔵省ないし債権者の所管事務または業務の範囲に属するものではなく、これらの著作名義で公表が予定されているかどうかも明らかでない。また直接の執筆者らはこれらの職員ということもできないし、職務上の命を受けてその指示のもとにその職務の内容として著作したものとも到底いえない。

団体が著作者たりうるためには最低限、それらのイニシアテイブにより著作行為全体についてそのコントロールが及ぼされているということが満たされなければならないのに、本件の場合、これらも満たされていないのである。

したがつて債権者は本件著作物の著作者ということはできない。

(二) 本件の場合本件著作物の著作権が債権者に帰属しているということはできない。

(1) (イ)債権者主張のように、本件著作物の著作権が完成した際に債権者に帰属しているといいうるためには、その旨の特約が存するか、あるいは次の二つの要件は少なくとも満たされていなければたらないと思料する。 (山本前掲書七七、七八頁、なお新法一五条参照)

すなわち、一つは、法人その他の使用者がイニシアテイブをとつてそのコントロールのもとに著作されること、二つは直接の執筆者との間に雇用関係があつてその職務上の義務として著作されることが満たされなければならない。

(ロ) しかるに本件著作物作成の目的、態様、作成経緯等は前記(一)(2) (ロ)のとおりであるから、特約の存在が認められないことはもとより、執筆者は当局からの強制も制肘もなく自由にその著作行為を行なつており大蔵省管理局(債権者)のコントロールのもとにないことは明白である。

したがつて本件著作物の著作権は債権者に帰属したものということはできない。

(三) 仮りに本件著作物の著作権が直接の執筆者らから他の主体に帰属したとしても、その主体は在外財産調査会というべきであり、これは昭和二四年に解散(ないし廃止)されているわけであるから、著作権はすでに消滅していて、大蔵省管理局(債権者)に承継されてはいないものである。

(1)  本件の場合右調査会が債権者主張のごとき存在であるとするならば、それは著作権の帰属主体たりうる団体ということができる。なぜならば右調査会は在外資産に関する資料の整備を企図、計画し、右資料の調査収集整備にあたるものとして設立されていたところ、旧法にいう各種の団体とは、日本国の法令に基づいて設立された公の法人や私の法人だけでなく、法人格を有したい団体であつても、代表者管理者が定められているものは含まれるからである。

本件の直接の執筆者は、本件調査会の職員たる資格を有していたというよりも、嘱託された外部の第三者であるとみられるが、仮りに職員であるとしてもそれは大蔵省管理局の職員ないし公務員とはいいえないことはもちろんである。

したがつて本件の場合その著作権が執筆者個人から他の主体に帰属したとしても本件著作物の著作権は本件調査会に帰属したというべきである。

(2)  ところで本件調査会は昭和二四年一月にその設立の目的を実現して解散されている。このように法人その他の団体が解散された場合、これは著作権者が死亡して相続人がいない場合と同じであり、公有になつて本件著作物の著作権は消滅しているといわなければならない(新法六二条一項二号参照)

大蔵省管理局が昭和二三年から二五年にかけて本件著作物の複製二〇〇部を部内資料として同局名義で刊行したとしても、各分冊いずれも表紙には同局名義の記載があることからして、それはせいぜい同局が本件執筆者らないし本件調査会から「出版権」を得ていることの証左となりうるにすぎないのであつて、同局が著作権自体をも承継したことにはならないのである。なぜなら、「事務」の承継と著作権の承継とは別個のものであり、本件調査会設立の目的、本件著作物刊行の目的等からいつても、同調査会の解散によつてそのまま公有に帰したとみるのが相当であるからである。

二 本件著作物は旧著作権法一一条一号所定の著作権の目的物とならない「官公文書」である。

(一)1 旧著作権法一一条は著作物の客体たりえないいわゆる自由著作物について規定している。自由著作物規定の所以は、著作権が他の一般財産権の場合に比して公共の利用に供される度合の強いことに加えてある種の著作物にあつてはそのものの性質上等から一般の人々に広く自由に利用させるべきであつて利定者、記述者の排他的支配にまかせることは適当でないものが存在するからである。

同条で定めた著作物は、これに著作権を与えて保護する必要がないもの又は保護することが却つて社会公共の利益を害することになるばかりでなくむしろこれを一般に開放して広く利用させねばならないものである。

2 国又は公共団体その他の公法人、あるいは同種の団体の作成した文書の場合は、その用途目的が主として官公行政の用に供するものであつても作成者自体の公共性からしてさらに文書の性質の公共性からしてその文書を著作権の対象として私人と同様に私的独占、排他的利用に委ねるべき範囲は限定される必要がある。即ち右の如き文書についてはその内容が高度に学術的意義を有し、作成発行の目的が一般国民に周知させることを全く目的とせず、専ら官公行政の目的に供するとか特殊な階層を対象とするような場合にのみ、著作権の対象となり官公文書には該当しないと解すべきである。(山本桂一著「著作権法」四九頁参照)なおアメリカの著作権法にあつては国民にものを知らせるためということからガバメントパブリケーシヨンというものは著作権の対象とならないのであるが、ガバメント、パブリケーシヨンというのは非常に広く政府で発行するプリンテイングビユーローで出しているものは全部著作権の対象とならない政府白書と称するようなものも著作権の対象にならないとされている。(新著作権法セミナー(2) 野村義男発言、ジユリスト四六八号一四〇頁参照)。「官公文書」とは右のようなガバメントパブリケーシヨンに相当するものであり要するに内容的に国民に知らされなければならない文書は著作権の対象とならないということである。

(二)1 官公文書(広義)は一般的には法律命令告示、公告等の絶対的官公文書とその著作者が官公吏でありその著作の動機が担当事務の使命遂行のためでありその著作内容が官公行政事項であり、その著作物の用途目的が官公用のために作られたにとどまる条件付官公文書とに区別して考えることができる。前者が旧著作権法一一条一号に該当することは明白であるが後者は具体的実質的にいわゆる官公文書にあたるかいなかを判断する必要がある。同条の趣旨からしてもそれは単に形式的に官公印の有無だけで決せられるものではない。

本件著作物は後者の条件付官公文書といいうることになるが以下明らかにするようにその実質からして官公文書に該当するというべきである。

2 本件著作物が学術的価値の存することはもちろんであるがそれにとどまらずその内容からして広く国民に知らしめるべきものであり、その用途目的からしても専ら官公行政に供するものということはできないのである。

即ち本件著作物の内容は日本及び日本人の在外財産に関する調査であるがその著作の意図は前記「序」ないし「例言」(以上疎乙三号証)からうかがうことができる(なお前記一(一)乙(2) 参照)即ち「連合国に対する弁解という意図からでは勿論なく、吾々の子孫に残す教訓であり参考書でなければならない」(本件著作物「序」二頁)「本調査報告の執筆者達の半歳にわたる苦心が広く国民から感謝される日も何時かは必ず来ることと思つている」(同四頁)「又日本が再建されるためには再建後は東亜各地との経済的連繋は如何にある可きかという問題もこの素材から更に堀り下げて行かなければならない」(同四頁)

このようにそれは日本の過去をふりかえり将来いかにあるべきかを考える資料として広く国民に知らしめようというものであり、内容、意図いずれの面からみても債権者主張のように単なる部内資料たるべき存在にとどまるものではない。

また著作の姿勢ないし見地も経済史的見方からだけとか全体がそれによつて貫ぬかれているとかいうことはなく「人口の動き、貿易の発展、文化の向上、現地産業の生成等出来る限り広い視野から」(前同二頁)調査、記録されていることはもとよりある地域については日本の海外における経済活動の反省批判の見地を基底としているものもあるのである。

さらに今日に至るまでに本件著作物はいく多の他の著作物において広く利用されてきているのである(疎乙四乃至五号証)従つて本件著作物の性質は以上のようなものであるから国民一般に広く周知されるべき性質を有する官公文書にあたることは明らかである。

三 仮りに本件著作物が旧著作権法一一条一号所定の「官公文書」に該当せず、著作権の対象とたり得るものであり、かつ債権者が本件著作物に対して著作権を有すると認められるとしても、債権者の著作権侵害差止請求権の行使は権利の檻用であつて許されない。

(一) 出版の自由は表現の自由の一環として憲法二一条によつて保障されている。出版行為は原則として国民の基本的な権利の一つなのである。ただ出版の自由も他の自由的権利と同様に公共の福祉ないしは他の同種権利とのかねあいから一定の制約を受けるものである。しかし、出版の自由を制約することができる範囲・程度は、表現の自由一般の制約の際問題となるのと同様に合理的な基準のもとに決められなければならない。

ところで、著作権法で著作物に対する著作者等が保護される権利としては、著作者入格権と著作権が認められている。第三者が出版行為等によつてこれらの権利を侵害することは許されないとされているのである。

著作者人格権は著作者に自己の著作物を公表する権利、氏名を表示する権利、同一性を保持する権利を与えたものであり、他人が無断でこれらの権利を侵害してしまうならば、著作者に多大な苦痛を与え、著作者の創作の意欲をそぎ、結局は文化を沈滞させてしまうことになりかねたいからである。このような観点から著作者人格権を保護し、その侵害行為を制約することには合理性が認められる。

これに対して著作物を複製したりして利用する権利である著作権は、著作物の利用に伴つて使用料などの収益をあげうるものであり、またこれを目的としているものであるから、財産権であるというべきである(文化庁『改訂版著作権法ハンドブツク』二二頁)。したがつて、著作権に対する侵害行為は著作権者の財産権に対する侵害となり、その制約は財産権の保護として一般的には合理性を認めることができるといえる。

しかしながら、財産権自体憲法二九条二項によつて公共の福祉の観点から一定の制約を受けるものであり、著作権においても、著作権の性質に鑑み、著作物を広く利用させるという要請のもとに、いわゆる著作物に対する自由利用が認められているのであり、(旧著作権法三〇条、改正著作権法三〇条以下、最高裁大法廷昭三八・一二・二五判決・民集一七・一二・一七八九参照)、著作権は絶対的なものではありえない。したがつて著作権=財産権侵害差止請求権を認めるか否かを判断するにあたつては、一方で形式的には侵害行為にあたる利用行為によつて社会に与える価値、他方でその利用行為によつて侵害される財産権の内容、程度が比較検討されなければならない。利用行為を差止めることによつて受ける著作権者の利益(財産的利益)が差止によつて侵害者の受ける不利益に比して軽微である場合には著作権者の差止請求権の行使は権利の濫用と評価されるべきである。

ところで、本件債権者の侵害差止請求は、本件著作物の利用行為に対するものであるから、著作権=財産権に基づくものというべきであるが、債務者の本件利用行為は社会的にみてすぐれて価値あるものであつて、差止によつて受ける不利益は単に債務者のみならず、社会的国民的にみてきわめて甚大であるのに比し、他方、債権者は国という性格から直接的な財産的侵害を受けていない(受けるおそれのない)本件のような場合、財産権の侵害ということは問うに値しないものであり、さらに本件著作物の内容、性格、刊行後の事情などからして、債権者の債務者の本件著作物に対する利用行為差止請求は権利の濫用というべきである。すなわち

(一) 本件著作物は、「日本および日本人の海外事業の最終段階における状態とか、その評価等に関する基礎的調査」の報告書である(疎乙第三号証中「序」)。そしてそれは、その在外財産獲得の仕方等について明らかにし、反省、批判することなどのことによつて、「子孫に残す教訓であり、参考書」なのである(同)。したがつて、本件著作物は日本および日本国民の歴史的教訓とすることを重大な目的とし、内容としているものであり、戦前の日本および日本人の海外活動の研究に役立つばかりでなく、本来広く国民一般に周知、徹底させるべき著作たる性格を有していたものである。ところが本件著作物は刊行後、大蔵省等において再出版されることなく、刊行後二〇数年を経るうちに分散、散逸し、現在ではその全容に一度に接することはほとんど困難となつてしまつているのである。

ところでアジア全域にわたる資本の輸出等が顕著になつている近時においては、過去の歴史を教訓化するためにも、本件著作物はきわめて意義の高いものと評価されるようになつたのである。その復刻、刊行は広く期待されているところであ る(疎乙第八号証)。

債務者は本件著作物の右のような現在的意義に鑑み、本件著作物の発行が必ずや社会的に意義があると確信し、そのために本件著作物を復刻・刊行せんと企画したのである。

このように本件著作物はきわめて国民的に意義あるものであつて、決して官公庁によつて独占されるべきではなく、本件著作物の復刻・刊行は国民的に意義深いものというべきである。

(二) 他方国は元来国民のために存在する。公務員が国民の全体の奉仕者であるように国もそのような性格を有する。それゆえ国(大蔵省)は本件著作物が右のような性格を有しているものである以上、むしろ自からすすんで本件著作物の広範な流布に協力するべき義務を負つているというべきであり、その行為を妨害しようと図ることはできないというべきである。債権者が本件仮処分をいかなる根拠、必要性にもとづいて申請したかは明らかではないが、それが単に本件著作物の著作権が債権者に属しているからという理由のみを根拠としているならば、右債権者の国という性格からして不当にすぎるというべきである。本件著作物に対する債務者の利用行為によつても、私人とは異る債権者の財産的損害をこうむることはないし(著作権を保護するのは前述のように著作権者の財産的利益の独占を保護しようとするものであり、国が国民に対して財産的利益を独占しようとすることは専売関係のような政策的意義のある場合を除いてはできないというべきである。)、著作者人格権を侵害するものでもない。

あるいは、債務者の本件著作物に対する利用行為を許すことは、一私人の営利行為を許すことになり不相当という論があるかもしれない。しかしながら本件債務者の利用行為は前述のとおり、単に営利行為のみを目的としたものではなく、全国民的な意義のもとに行なおうとしているというものであるばかりではなく、債務者は本件利用行為によつて決して独占的、排他的な権利を得ようとしているのではないのである。国民の何人もがなし得る自由行為の一つとして利用行為を行なおうとしているのにすぎないものであつて、債務者が本件利用行為を行なうことを黙過したからといつて、債権者である国が一部の国民にのみ奉仕したとは決して言い得ないことは明白である。

さらに疎乙第二、六、七号証で明らかなように過去いくつかの出版社が本件著作物と同じような種類の政府官公庁刊行の調査報告書類の復刻、刊行を行なつたが、当該官公庁から差止請求等を受けなかつたことが窺えるのである。これは国等における正当な態度というべきであり、さらに官公庁刊行の調査報告書類の無断復刻、刊行は出版界の商慣習ともいえるものであり、債務者に違法性の意識が希薄であつたことを基礎づける客観的事情が存したというべきである。

以上のとおり、本件著作物の性格、その復刻・刊行の国民的意義、債務者がすでに本件著作物の原本八、四〇〇頁の大部分のフイルム撮影を終えていて、今その準備の続行を中止させられるなら莫大な損害を受けること、債務者に違法性の意識が希薄であつたこと、さらに、前記著作権者が国であるという諸事情を勘案するならば、債務者が本件著作物を復刻・刊行することを差止められることによつて受ける債務者、国民の不利益に比し、差止めることによつて受ける債権者の利益は実質的に皆無に等しいものであるから、刊行後二〇余年も放置していた債権者の本件差止請求権の行使は権利の檻用というべきである。

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